今、すごーく苦手と言うか、嫌いな人がいます。
出会ってすぐは、人懐こいなーくらいで、親切にしたいと思っていました。
でも、「あれ?まだ親しくないのにタメ口?」と気付き、 食事中に不躾な物言いをされたのに驚き、上から目線で検討違いなことを言うのにイラつき、私だけじゃなく、目上の人にもタメ口なことにイラつき、ガチャガチャガタガタ騒音を立てまくりなことに、胃が痛くなるようになりました…。
周囲の人に話すと、やはりみんな同じように、その人に不愉快な気持ちを持ち始めていました。
一度気になり出すと、もう色んな部分が嫌になっていきます。
一つ一つは小さなことでも、積み重なったことにより、耐え難いくらい嫌いになってしまいました。
この人に関しては
でも書いています。
そして、「無視をされる」という現象は、受け手にとっては「ある日突然」と思っても、無視する側から見たら、「日々の積み重ね」が原因なんだと、つくづく思いました。
「他人を無視する」というのは、イジメのような、人としてやってはいけないことだ、と思います。
しかし、無視する側の言い分としては、
「もうギリギリ、限界まで耐えた。これ以上関わると、こちらのストレスが溜まりすぎて無理!」
という被害者意識もあります。
「話し合って解決する」というのは、双方に分かり合いたいという愛情が無いと成立しません。
そもそも、自分が耐えられないから、と
「あなたのココが我慢出来ません」
と言うのは、かなり気力体力を使います。
親族や上司部下のような、切り離せない関係であれば、最低限話し合うなり、和解の道を探そうと考えますし、仕事関係者なら、お金のために我慢するしかありません。
でも上下関係の無い友人や恋人であれば、無理をして、我慢をして、話し合わないといけない、という義務はありません。
どんなに最初は好きだという気持ちがあったとしても、何年も一緒にいた人だとしても、少しずつ溜まっていった不満が限界まで溜まってしまったら…
もうその時は、話し合っても解決出来ないかもしれません。
「嫌だと思った時に、すぐに言ってくれたら良かったのに!」
と無視された側が思っても、
「嫌だと思ったらその場で言う」
ということを、他人に強要する権利なんて、誰にもありません。
それに、その場で注意をして逆ギレされたくないし、注意をするなんて、人を傷付けることをしたくない。
限界まで耐えて、耐えて、無視をする。
この場合、お互いが加害者であり、被害者だと言えます。
「面倒な人とは付き合わない」
というのは、生きていく上での知恵でもあります。
直接話したときの、ちょっとした物言いや仕草、メールやLINEの文面や頻度、
そう言ったモノの積み重ねで無視をされるようになったとして、その理由一つ一つを相手に話すのは、かなり大変だし、やりたくないと思うもの。
もしかしたら、注意をされたのに変わらなかったのかもしれません。
そのやって不満の積み重ねがあり、理由も話したくないから無視をする人のことを、無視をされた側は
「面倒から逃げた、卑怯な人間だ!」
と責めることもあります。
「悪いところがあったなら直す!謝る!」
と言われても、それは注意をしても直らないことかもしれません。
無視をされた側は、思い付く理由があるなら直す努力をする。
相手を責めない。
反省の言葉を聞き入れる気を持ってもらえないなら諦める。
それしか出来ないときは、やはりありますよね。
私はもう、前述の人とは、必要最低限しか話したくありません。
あちらも、皆んなと馴染めていないのは気付いていると思います。
でも、全く理由には気付いていないでしょう。
私が注意する気にならないのは、相手は自分より年上で、こんな20代前半にするような注意をしたくないからです。
今まで誰からも注意されずに生きてきたのか、気付くキッカケが無かったのか分かりませんが、知りたいとも思えないくらい、もう嫌な部分ばかりが目に付きます。
でも、冷たくしたりするのは、罪悪感が生まれます。
だから、不愉快にもならず、罪悪感も抱かずにいるためには、関わりを断ちたい。
無視をする側だって、それまでに散々、色々考えているのかもしれません。
無視をされた側は、自分や相手を責めて辛くなるかもしれない。
それでも、1番良いと思えた方法が無視だったなら…
それは、分別のつかない子供のイジメの無視とは違うんじゃないかな?
そんな風に思いました。