一眠りして起きたら、微熱は下がっていました。
コーヒーを飲みながらブログチェックして落ち着いてから、鈴木さんのザックリしたたたき台を元に、資料の全体構成を作り、足りない部分を埋めたり、リライト。
鈴木さんは以前私たちへのメール報告で書いた文章をそのままコピペして貼り付けたり、新たに少し書いたり、としていたので、文章の流れがチグハグで統一されていませんでした。
私はライティング自体は本業ではありませんが、構成を考えたり、文章を読んだり、少し手直しをしたり、というのはブログ作業で学んだ部分があります。
鈴木さんは本腰を入れて文章を書くときは、キチンと分かりやすく、饒舌にまとめることが出来るのですが、焦っている時はコピペしただけの文章の切り貼りで、誤字脱字も多く、不統一になります。
2時間程考えたり書いたり直したりし、出来たところで今後の指示を加えたメールを送信し、お風呂に入りました。
よく、「頑張っている姿は誰かが見ていてくれる」という言葉があります。
私はその誰かに救われたことはありません。
見ていなかった人に評価され、落とされました。
評価されることがあった時も
「調子に乗るな」
と、調子に乗る前から釘を刺されていました。
「調子に乗っている、と思われないようにしよう」
と、喜びに浸らないように自分を戒めている時に釘を刺されると、
「努力するのは当たり前のこと。失敗や手抜きは怒られること」
という認識になりました。
対人関係でストレスを抱えたくない。
絵と文字だけで他人とコミュニケーションを取りたい。
そう思ったけど、よく考えたら本業も趣味もそういうことをやってるので、特に現状打破の為に変えられる形はなく、やり方を模索し続けるしかないのか、と思い至りました。
恋愛で、好きな人から認められる時間が無いと、どんどん落ちていくなぁ。
鈴木さんの尻拭いをして尽くしても、彼はそんなことするより、若くて可愛い女の子を大切にするのに。
私には、病気になっても仕事でさえ報いてくれないのに。
人に話しても、「鈴木さんのことは放っておけば」と言われるだけだろうと思うと、鈴木さんからも報われず、他人からも褒められず、何の為に自宅で鈴木さんの尻拭いをしているのかなぁ、と思いましたが、「自分の為」と思うしかないですね。
今の私の上司は、とにかく先回りして否定をして、自尊心を潰そうとする人だ、と私は認識しています。
本人にはその自覚は全くなく、自分の言葉をそう受け取る方が悪い、という、「あくまでも自分は間違っていないし、思い通りにならない人が悪い」と考える人です。
上司は、私が鈴木さんの尻拭いをしていることを知ったとしても、全く評価しないでしょう。
「あなたが好きでやってるんでしょ。そんなこと鈴木さんから見たら余計なお世話だと思うけど」と思われるんだろうなぁ。
と書きながら考えると、私も鈴木さん以外の人をあえて計画的に褒める、ということをしてきていないな、と気付きました。
心から思っていたら言うけど、でもそんなに多くないかも。
「ありがとう」も大事だけど、具体的に何かを挙げて褒めるって、自分がされたらすごく嬉しい。
尽くす時は、その行動自体を褒めて欲しい、感謝して欲しい、と思うことは、みっともないことなのかなぁ。
余計なお世話をして褒められたがるのはみっともないけど、それでも、たまには誰かに褒めて欲しいよなぁ。
こんな自分を認めてくれる人、自分も認められる人と恋愛が出来たら、幸せだろうなぁ。
それが私の理想の夫婦像かもしれません。
鈴木さんがこんな私を女として認めてくれる人だったら良かったのに。
あの春の態度は、全くそんなことカウントされてなかった。
女としての私のことは、鼻で笑ってる。
なのにまた尻拭いをするなんて、ホント私、馬鹿みたいだなぁ。
とか落ち込んでも意味ないので、自分は自分で頑張ります!
(って前向きに締めなきゃいけないんだろうなぁ、と思ってしまうのもどうなのかしら…)