身バレしたくないので、メインブログではなく、こちらにコッソリ。
今日はある作家さんの対談を聴きに行きました。
私はまだその作家さんの作品を読んだことが無く、ザックリとしたプロフィールと、事前に発表されていた言葉だけ読んでいて
「何だか、ちょっと変わった人っぽいな」
とだけ思いながら、同行人と席に着きました。
対談ではその方のプロフィールと作品解説を拝聴したのですが
「…スゴイ!感情を言葉にする理由、方法、理論、知識、発想力、そう思ったキッカケ、全てが面白い!」
と、次々と語られる思考回路と選び抜かれた言葉に驚嘆!
ただ、感情をありのまま素で伝わる言葉をストレートに選ぶのではなく、それを更に調理して、読み手が面白いと思うものを創り出す姿勢を伺い
「毎日私が同僚や友達と話したり、ブログで書いている言葉には、全く捻りがないな」
と痛感しました。
私が薄い餃子の皮なら、その方はミルフィーユみたいな感じ。
もちろんプロと素人の差があるのは当然ですが、それだけではなく生活の中でふと思うことさえも、私はまだまだ薄っぺらい!
ブログは情報がそこそこ読みやすく書かれていればOKなものです。
読みやすく書くためのテクニックや構成を考えることはありますし、そもそも何を書こうと思っているのかポイントを絞るのも訓練が必要なのですが、でも文章に必要なのはそれだけじゃない。
その方は幼少期の内から
「私が信じられるモノは何だろう?」
と考えてきていて、そして、どうしても答えが出ない事象にも、「諦めるための理屈」を考えてきていた、というお話には、目から鱗がポロポロ落ちました。
具体的な内容を書くと誰の対談に行ったか分かってしまうので書けないのがもどかしい!
とにかく、自分の思考の平坦さに気付かされ、衝撃を受けました。
ただ頭が良いとか、分かりやすいとか、ネタが良いというだけではなく、言葉の表現方法を探して研究されてきた方の価値観は、すごい。
一つのエピソードを聴く毎に色々考えることがあり、話を聴くのと、理解するのと、その感想が脳内で混ぜこぜになり、一気に脳細胞を使いまくった後のような状態になっています。
特に最近、私は思考や言葉遊びに手を抜いてブログ運営をしていました。
次々とネタを書くことだけしていた気がします。
ただ感情を文章にアップしたり、情報に軽い感想や気持ちを乗せて構成してました。
結構ブロガーあるある、な流れなのですが、それだと消耗品しか出せないんですよね…
ブログだけでなく、日常的にも、私は言葉に対して少し諦めみたいな気持ちを持ち始めてしまっていました。
それは、ただストレートに感情を言葉にしようとして、それがうまく伝わらないことに疲れていたからかも。
帰り道にその作家さんの著作を頂きました。
これからその本を読むのが、とても楽しみであり、怖いです。
あぁ、そんなに深く物事を考えたことなかった、と思ってしまいそう…
そう思える機会があったことに感謝します!
今年はもう残り少ないけど…来年はもうちょっと捻りのある楽しい文章を書けるようになると良いな。
そして、その言葉が伝えたい誰かにキチンと届くと良いな。
そんな風にまとめることさえおこがましい体験でした。
はー、世の中色んな人がいて、面白い!