今日ふとカレンダーを見て、「あ、この間鈴木さんの誕生日だったな」と思い出しました。
一昨年とか3年前とか、プレゼントに何かあげたい!とか色々考えてたなー。
若かった、とは言わないけど、乙女心満載だったな…
去年も当日お祝いLINEしたような記憶があるのですが、今年は当日思い出しもしないもんですね。
今日LINEにスパムが届いて、「ん?こんな人友達にいないよな?」と確認のため友達欄を見たら、鈴木さんのアイコンがちょーバカンスな写真に変わっていました。
ついこの間までは変わってなかったから、ゴールデンウィークとかにバカンスしたのでしょう。
おー、こういうリア充、いるいるー、と思って、そのまま非表示に変更致しました。
もう二度と連絡取ることないしね。
完全に存在を忘れることはない、というか、片思いしてウジグジしていた自分、恋い焦がれていた自分の中に作り出した鈴木さん像は忘れませんが、リアルな彼にはもう会いたいとも話したいとも思いません。
同じく元彼も、他の過去に好きだった人も、別に会いたくはないかなぁ。
いや、そもそも今は、ものすごく会いたい人っていないかも。
最近人と会う時は「話したい」というのがメインであり、相手や自分の外見とか関係ありません。
「この人とこれについて話したい」と思ったら「会おうよ」と言うし、それが思い浮かばない人には連絡しない。
でも恋している時は、「話したい」じゃなく「顔を見たい」とか「触れたい」って思ってたね、そういえば。
と書いてふと思ったけど
「たまには親に顔を見せてあげなさい」
とかよく言うけど、親って子供がジジババになっても顔を見たいものなの?
「触れたい」…っていつから思ってないっけ?最後に異性と触れ合ったのは…
と考えて、ちょっと悲しいことに気付きました。
私が手を触れ合った異性は…新田真剣佑だわ。
でもって今度触れ合う相手も、新田真剣佑だわ。(今月末にファンミーティングだから)
いやいやいや、有り難いお話なんですよ。
金払えば若いイケメンと手と手を合わせられるんだぜ?
でも、そういうことじゃないぜ?
他に触れ合う男性…鍼灸院センセだな。
年下男性で、私の体のことをもう5年以上診てくれていて、きっとこの世で誰よりも私の体(のコリ具合)に詳しいお方。
いやー、このセンセが居なくなったらマジでキツイですね。
何年か前に彼女いないとか聞いた時に、口説いておけば良かった…。
穏やかで優しくて腕が良いゴッドハンド。
ま、この人もお金を払えば触れ合える、というか癒してもらえます。
男友達に彼女が出来ちゃったから、なんか私も頑張らなきゃなーとか思ってるんですけどねぇ。
友人に出会いのセッティングを頼むのもねぇ。
そういえば、この間友人が某舞台を観に行ったと話していて、別の美女友人にその話をしたら、美女の友人がその舞台に出演していると聞いてビックリしました。
しかもその人、某芸能人の二世なの。
真剣佑と同じく二世で、有名な事務所にいる方なのに、脇役出演なんて芸能界って大変。
そして私の美女友人の交友関係にもビックリ。
この美女の周囲にはたくさんの男性がいるけれど、皆んな美女を見慣れてる人だから…私はお呼びじゃありません…
と、こんなに話が飛躍するくらい、鈴木さんの誕生日なんて、私の中ではもうどーでもいーことになってるんですね。
当たり前のことなのですが、段々と自分の誕生日さえ記憶から薄れかけている今、記念日に拘らない女を希望している方にピッタリな逸材に自分が育っている気がします。
あの好きな人がいる時の、誕生日の特別感って、何だったんだろう…
あの感覚が、今となっては記憶の中のクリスマスツリーのように、ぼんやりとキラキラした物に思えます。